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BTSは、文化戦争を生き抜く防弾ベストだ!【ダイバーシティ時代のクリエイティブ論考】 - VOGUE JAPAN

2019年のビルボード・ミュージック・アワードで、トップ・ソーシャル・アーティスト・アワード(3年連続)とトップ・デュオ/グループ賞の2冠を達成し、ホールジーとコラボパフォーマンスを披露した。Photo:  Ethan Miller/Getty Images

アメリカで現在進行形で進むBlack Lives Matter(BLM)の運動は、その過程でさまざまな社会的実態を浮き彫りにしてきた。中でも、前回触れた文化戦争の激化は創造性の現場に有形無形の影響を与え始めている。だが、その一方で、この長年続く文化戦争を飛び越えて新しいフェーズに乗り出そうとする動きもある。それはやはり若者発の動きで、その徴候の一つとして興味深いのが韓国のグループBTSだ。BTSがBLMに100万ドルを寄付すると公表すると、BTSのファンたちも1日あまりで100万ドルの寄付を集めてしまう。そんなアクティビズムにも通じるようなファンダムをBTSは抱えている。

BTSは、BBMA(ビルボード・ミュージック・アワード)で、2017年から3年連続「トップ・ソーシャル・アーティスト・アワード」を受賞した。2011年に新設された賞だが、第1回から続くジャスティン・ビーバーの7年連続受賞を阻止したのがBTSだった。「ソーシャル」とタイトルにあるように、この賞は基本的にファン投票で決まる。つまり、熱狂的なファンダムをもつことの証左であり、それだけBTSの公式ファン集団であるARMY(Adorable Representative M.C. for Youth)の結束が固いことがわかる。

では、その強烈なファンとの「絆」はいかにして築かれていったのか。しかもアメリカで。

エンゲージメント時代のアクティビズム。

アメリカNBCの有名モーニングトークショー「トゥデイ・ショー(TODAY SHOW)」に出演したBTSをひと目見ようと、ニューヨークのロックフェラープラザに集まるファンたち。Photo: Dia Dipasupil/Getty Images

2018年「LOVE YOURSELF」世界ツアーのロサンゼルス会場にて、グッズのタオルを掲げて出待ちをするファン。Photo: Chelsea Guglielmino/Getty Images

その理由として筆頭に挙げられるのが、GenZ(Z世代:1996年生まれ以降の世代)に向けたメッセージを紡いでいることだ。10代から20代前半の「若者たちの脆さ/傷つきやすさ」に応えている。現代を生きる若者が普遍的にもつ感情にフォーカスしているのだ。後述するように、BTSというグループ名自体がそのミッションの宣言でもある。

ここで「普遍的」というのは「人種や地域を超えて」ということを意味している。ビリー・アイリッシュが表明している不安、あるいは、グレタ・トゥーンベリが顕わにしている憤り、そうした若者特有の苛立ちに対して、BTSは率直に楽曲を通じて応えている。『LOVE YOURSELF』(2017〜2018年)というアルバムシリーズのタイトルにもあるように「自分を愛せ」と告げて奮い立たせることもいとわない。

「外国からやってきたスター」という点で、時にアメリカでBTSはビートルズの再来と言われたりもするのだが、ビートルズの世界平和に対してBTSの自己愛というのは、両者が活躍する時代の世相の違いを表しているようで、興味深い。

2020年1月、アメリカCBSの人気深夜トークショー「The Late Late Show with James Corden」の特番に出演。Photo: Terence Patrick/CBS via Getty Images

しかも、BTSの7人のメンバー自身、悩みや葛藤を経て成長していることを自分たちの楽曲を通じて表現している。その点では7人のボーイズグループというフォーマットも活かされている。グループであるとは、そこに極小ながらも〈社会〉があるからだ。そのグループ内のケミストリーにARMYとのインタラクションも加わる。そして、そのARMYもまたBTSにならいBLMの活動に賛同するオンライン・アクティビズムの実践者のようになりつつある。

もはや単純に「音楽消費」と名指しておけば済む次元を越えている。そのため、BTSという現象は、近未来の文化現象の徴候の一つのようにも思える。それは、サイバーでグローバルな時代の、文化と社会(≒政治経済)が相互に折り畳み込まれた「エンゲージメント」の時代の兆しなのだ。

たとえば、2020年6月20日、オクラホマ州タルサでTikTokユーザーとBTSファンが協働し、トランプ大統領のキャンペーンに介入し集会の参加登録者数を水増しさせて混乱させるという事件が生じたが、そのようなことが起こるのも、今という時代の証の一つだ。トランプが旧世代の、電波免許という形で政府に従属するドメスティックなテレビメディアにおいて頭角を現したことを踏まえれば、それはサイバーでグローバルな新世代から旧世代に叩きつけられた挑戦状でもあった。

2019年、米ABC「グッドモーニング・アメリカ・サマーコンサート」で初日のステージを飾った。ファンはこのパフォーマンスを観るために何日も前から並んでいたという。Photo: Drew Angerer/Getty Images

2018年「LOVE YOURSELF」世界ツアーのロサンゼルス会場にてメンバーのうちわを持ち、出待ちをするファン。Photo: Chelsea Guglielmino/Getty Images

このようにBTSの周辺には、ファンたちの心の拠り所としての擬似的なコミュニティが形成されていた。その上でARMYのレベルでは、自分たちが集団として何ができるのか、その力を自覚し一種の結社的な「ソサエティ」になりつつある。BLM支援の動きにその変化が見て取れる。

BTSは、韓国語の正式グループ名である「Bang Tan Sonyondang=防弾少年団)」に由来するが、「防弾」という言葉には、10代や20代の若者に向けられがちな社会的偏見や抑圧を「防ぎ」、自分たちの音楽を「守り抜く」という意味が込められている。実際、彼らの楽曲もそのような意味を匂わせるタイトルのものが多い。

BTSのデビューは2013年だが、この名前/コンセプトを冠したグループが登場するにはタイミングもよかった。心の「防弾」ベストを必要とする若者が世界中で増え、かつ、スマフォもSNSも気がつけばすでにサービスインしていた環境/時代で生まれ育った彼らGenZにとって、オンラインを通じてアプリや誰かのアシストを受けながら異国の音楽に触れることはもはや日常であった。

国境を超えたコミュニティ。

第62回グラミー賞授賞式にてリル・ナズ・Xとのコラボパフォーマンスを披露。フィナーレにはビリー・レイ・サイラスも参加。Photo: Jeff Kravitz/FilmMagic

もともとBTSが強いリスペクトを捧げるヒップホップでは、総じて出身コミュニティとの絆が深く、ラッパーとして成功した暁には、地元にその成功を還元させることが多い。その地域の代表=Representative(いわゆる「レペゼン」)という意識も強い。

これは、ヒップホップの発祥が黒人コミュニティであることや、黒人音楽がそもそも黒人教会の音楽を世俗化させたところから始まったものであることも大きい。つまり、教会には通わないけれど、しかし、教会で与えられていた「心の支え」を個々人に与える役割を黒人音楽が担ってきたわけであり、広い意味でヒップホップもその流れの中に位置づけられる。いわば一種の「世俗化された教会=スピリチュアル」としての側面をもつ。「ストリートを生きる教え」のように受け止められがちなのもそのためだ。

第61回グラミー賞でプレゼンターを務めた際、H.E.R.の『H.E.R.』が最優秀R&Bアルバム賞を受賞。Photo: Kevin Winter/Getty Images for The Recording Academy

それはたとえば、T.I.とカーディ・Bチャンス・ザ・ラッパーが進行役を務めるラッパーオーディションのリアリティショーである「リズム+フロー」を見れば一目瞭然で、ラッパーのクリエイティビティの原点には、自分が生まれ育ったコミュニティやファミリーに対する愛憎半ばする心情の吐露があることがわかる。加えてそれぞれのコミュニティごとにその土地ならではの特徴があり、それが創作活動の根っこに影を落している。「リズム+フロー」であれば、T.I.とカーディ・B、チャンス・ザ・ラッパーの3人は、それぞれ地元であるアトランタ、ニューヨーク、シカゴで予選を行い、そこでお眼鏡にかなった候補者を本選にスカウトするのだが、その時点ですでに地域柄が強くでてくる。

裏返すと、ヒップホップとはそれだけ地元コミュニティの有り様を背負った音楽であった。

だがSNSの登場は、そうした「地元」概念にも変貌を迫る。そもそも「地縁」や「家族」が多くの場合、若者を抑圧する原因の一つであったことを思えば、地縁から遊離した「新たなつながり」が求められてもおかしくはなかった。端的に、BTSはそうしたGenZの「ヴァルナラブル(vulnerable)」で「ナイーブ(naive)」な感性に、国や人種を超えて届いたわけだ。地元のコミュニティどころか国境を超えて、自分の心情を代弁(=レペゼン)してくれる相手が見つかったのだ。

米ABCの大晦日イベント「Dick Clark’s New Year’s Rockin’ Eve with Ryan Seacrest 2020」に、ポスト・マローン、サム・ハント、アラニス・モリセットら豪華アーティストと登場。ニューヨークのタイムズスクエアでパフォーマンスを披露した。Photo: Jeff Neira/ABC via Getty Images

もちろん、一昔前であれば「都市の空気は自由にする」とばかりに地元から抜け出し、匿名的な生き方、生活スタイルのリセットができる都市へと乗り出す、という魅惑的な選択肢もあった。だが、先進国において経済成長が鈍化した昨今では、都会へ抜け出せるのはごく一部の人間に限られる。また、首尾よく都会に出られたとしてもSNSがどこまでも個人を追跡してくる今日、人生のリセットも容易ではない。

この「どうあがいても逃げ出せない」感覚は、同じインターネット以後の世代といっても、ミレニアル世代とGenZを分かつところだ。ミレニアルは、インターネットを初めて手にした先行者であり、そこでは既存の社会秩序を破壊して作り変える大きなチャンスがあった。開拓の余地のある世界だった。その最大の成果がソーシャルメディアの開発だったとひとまず言ってもよいだろう。

ところが、そうした環境がすでに出来上がった後に物心ついたGenZからすれば、インターネットといってもあらかた開発の終わった世界に過ぎず、むしろSNSがあることで、日々自らの存在証明のための「発信ゲーム」に参画させられる。そんなローティーンの生活の息苦しさを知りたければ、ボー・バーナムの映画『エイス・グレード』(2018年)を観てみればよい。

BTSは文化戦争の緩衝地帯だ。

2018年ビルボード・ミュージック・アワードで、トップ・ソーシャル・アーティスト賞を2年連続受賞した際のパフォーマンス。Photo: Kevin Mazur/WireImage

そうした社会環境の世界的な変化がいよいよ明らかになったのが2010年代の後半であり、BTSはまさに「心の防弾ベスト」を求める若者が顕在化してくるタイミングに合っていた。現実の世界よりも想像の世界、理想の世界が頭の中を占める割合の高い若者の場合、「メディアの中のイメージの世界」は年長者よりもはるかに共通の通貨たりえる。

K-POPに対して使われる「ヒップホップ・アイドル」という呼称は、矛盾した存在のように思えるが、しかし、ヒップホップが果たしてきた、黒人どうしを核にした紐帯関係の構築という機能を考えれば、その歌い手は一種の教派の「聖像=アイドル」ともいえる。だとすれば、ヒップホップの表現者は、潜在的にアイドルたり得たわけで、その特徴をとりわけ顕在化させたのがBTSだった。

その上で、さらに韓国的な文化要因として「恨(ハン)」や朱子学的な模範的理想像を付け加えることもできる。自己肯定を鼓舞した上で、つまり、自分の心を防弾ベストでガッチリ守った上で、今度は反転して、自己の理想に届くよう努力することをも示唆する。これは、自分が望む理想があるがゆえにそこに届かない自分に対してもどかしい思いをしてしまう、という韓国的心情の「恨(ハン)」の反映でもある。

2018年、ニューヨークの国連本部にて開かれた国連総会で、世界中の若者たちに向けてスピーチを行った。Photo: Mark GARTEN/UN/AFP/AFLO

つまり、自分がなぜ「落ち込んでいる」のかといえば、それは自分のイメージする理想に届いていないから、あるいは、その前段階として、理想とする自分のイメージができていないから、だったら、その理想をきちんと考えてみようぜ、ということになる。英語なら“Purpose(目的)”のことで、人生の目的を探し出すところに目を向けよう、というメッセージは、まさにGenZの、10代や20代の若者にとって、誰かからかけてほしい言葉であるはずだ。

その点で、BTSのメッセージは、国境や人種を越えて青年期特有の若者の心性に届くものとなっていた。その限りで「普遍的」なものだった。ソーシャルメディアの時代は、メッセージが国境や人種を超えても届けることができてしまうため──もちろん、誰かが翻訳という便宜を図ってくれることが必要だが──、むしろ文化的特性という枷から外れた「純化したコミュニケーション」として、抽象的だが普遍的なメッセージが流通可能になってしまう。

この「純化」という特性は、前回扱った文化戦争から離脱する一つの道筋を示しているようにも見える。白人と黒人が対峙する形で展開される文化戦争を脱臼させる「第3の文化」が、太平洋を隔てた韓国のソウルからやってくるという構図自体が、すでにファンタジックである。けれども、そうやって国内の対立が極まったときにアジアを一つの脱出口にするのは、アメリカ社会の常套手段でもある。60年代の対抗文化(カウンターカルチャー)で禅が好まれたのもその一例だ。アジアとは、心理的緩衝地帯であり、闘争の矛先を変える場所。ヒップホップとは、逆境と闘争の場から生まれたジャンルであるが、その「場」をバーチャルな次元にまでBTSは上昇させた。

ブラックとホワイトの全面戦争の中での、緩衝地帯としてのアジアは、多文化主義とデジタルから生まれた21世紀のポップのあり方を示しているのかもしれない。BTSもその一つであるK-POPブーム自体が、そもそも2010年代のインターネットカルチャーの一つとして世界中に広まったことを考えると、BTSとそのファンダムであるARMYは、トランスボーダーなサイバーカルチャーの形で、文化戦争の疲弊から抜け出そうとしている。そしてアメリカを中心に現代の若者たちは敏感にもそのことに気づいている。そこに一つの可能性が見えはしないか。

世界が恋するBTSが見つめる未来〜独占インタビュー。

Text: Junichi Ikeda Editor: Maya Nago


池田純一|JUNICHI IKEDA
1965年生まれ。コロンビア大学大学院公共政策・経営学修了(MPA)。早稲田大学大学院理工学研究科(情報数理工学)修了。電通総研、電通を経てメディアコミュニケーション分野を専門とするFERMAT Inc.を設立。著書に『デザインするテクノロジー』(青土社)、『〈未来〉のつくり方 シリコンバレーの航海する精神』(講談社)ほか。

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August 09, 2020 at 10:19AM
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