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平田オリザ「下り列車の先にこそ光がある」 身を賭した文化分散戦略の未来図は - 朝日新聞社

コロナショックがもたらす「新たなる日常」を生きるヒントを各界のパイオニアたちに聞く「ニューノーマル白書」。この国の文化芸術の行く末について悲観する劇作家・演出家の平田オリザさんですが、文化拠点の地方分散という未来図に、ほのかな希望を抱きます。

>>前編から続く

演劇界の王道と真逆 壮大な実験を始めた

「劇団員ごと移住した兵庫県豊岡市では、コロナで演劇活動自粛中も教育委員会と密に連絡をとっています。休みがちになったり引き籠もったりする子のケアをどうするかなど、役者たちとともに、学校再開後を見据えた教育プログラムを考えています」

5月上旬のZoomでのインタビュー。平田オリザは豊岡市の自宅兼仕事場でそう語った。

東京・駒場生まれ。大学時代に始めた演劇活動も父親が建てた「こまばアゴラ劇場」をベースにしてきた平田が、なぜ豊岡市なのか? 疑問に思われる方も少なくないだろう。

実はそこにこそ、平田が実践する「演劇界の革命」の一端がある。

これまで演劇界は、「上り列車」の先に未来が開ける世界だった。前回、平田が話したように、日本では国公立大学に演劇学科がないから、役者や作・演出家を志す若者は高校で演劇部に入るか、仲間と劇団を作って小さな小屋で公演を打ちながら東京に向かうしかなかった。一つの目標は新宿の紀伊国屋ホール。劇団として「一旗揚げ」、その後テレビ界や映画界も視野にいれながら飛翔していくのが「出世コース」だ。

観客もまた然り。地方にも公共のホールはたくさんあるが、ホールの鑑賞企画か鑑賞団体の買い切り公演(会員しか見られない)が中心となる。そこに呼ばれるのは地方公演を得意とする劇団だけだから、自分の好みの作品を見ようとしたらやはり東京に出るしかない。

役者も劇作家も観客も「上り列車」に乗るのが演劇界への唯一の道だったのだ。

ところが平田は、約10年前から真逆の道を歩み始めた。

人口8万人の町で小さな革命を起こす、負ける気がしない――。

コロナ前、平田は豊岡市民の前で力強くそう語った。コウノトリの野生復帰で名を馳せた中貝宗治市長とは、すでに文化政策で一枚岩となっている。町に残る古いレンガ造りの商工会館や長い歴史を持つ酒蔵を小劇場や劇団事務所にリノベーションし、そこを拠点に劇団公演を打つだけでなく、フランスのアビニョンのような国際演劇祭を毎年開催する構想も打ち出した(そのプレ大会として19年9月に『第0回 豊岡演劇祭』を開催)。

新劇場「江原河畔劇場」の前でお披露目公演を迎えた心境を語る平田=2020年3月28日、兵庫県豊岡市

新劇場「江原河畔劇場」の前でお披露目公演を迎えた心境を語る平田=2020年3月28日、兵庫県豊岡市

14年には城崎大会議館をリノベした稽古場施設「城崎国際アートセンター」がオープン。世界中から演劇やダンスなどの舞台パフォーマーが滞在して稽古活動を展開し、市内にある城崎温泉に浸かりながら市民や子どもたちと交流している。21年春には、観光とアートに特化し演劇やダンスが本格的に学べる県立大学が豊岡市に生まれることになっている(認可申請中)。平田はその学長候補だ。平田のプロジェクトは多くの演劇ファンに支持され、クラウドファンディングでは5千万円近い資金が集まった。

つまり、「下り列車」の先の未来づくりという「革命」に、十全な布石を打っていたのだ。

演劇で子どもたちをケアする 劇団員が緩衝材に

その布石が「withコロナ」の時代に生きる。東京の演劇界が壊滅状態にあっても、活動自粛を終えれば、平田は地方を舞台としたその未来づくりに邁進できる。

しかもそれは、観客動員数を競う演劇ではなく、これまでの平田の活動実績の延長とも言える、コミュニケーション教育や地域創生にも繋がる「多面的」な取り組みだ。東京一極集中の弊害が言われる日本にあって、「文化の地方分散」の見本となる実験と言い換えてもいい。

「ぼくらが地域に入り込むことで、子どもたちが演劇的プログラムを通して『身体的文化資本』と呼ばれる礼儀作法や社会的慣習や言葉づかいやセンス、美的感覚を研ぎ澄ましていくことができます。

自粛明けの教育現場では、この環境で入学した子どもたち、小1、中1、高1という新入生たちは本当にかわいそうです。学校が再開してからも大量の不登校や引き籠もりが生まれることが懸念されます。学力の遅れを取り戻そうと学びに負荷をかけると、さらにマイナスに働くだろうと予想しています。

だから中間領域として、遊び、文化、スポーツ等で緩衝材を入れていかないと、子どもたちを学校に戻せない。そういう活動に劇団員たちの活躍が期待されています。つまりコロナをきっかけに、ぼくらが豊岡市に住んでいることの意味がますます出てきて、活動を広げていける。東京や大阪にいるよりも、はるかにやりがいのある状況になると思っています」

劇団員の演技を見守る平田=2020年4月28日、兵庫県豊岡市

劇団員の演技を見守る平田=2020年4月28日、兵庫県豊岡市

突然の移住、そして地方創生の実践

平田が豊岡市と出会ったのは2010年。たまたま講演でこの地にやってきた際、市長の中貝から「県から払い下げになって使い道のない会議館の利用方法はないですか?」と聞かれたのが最初だった。その時の様子は16年に平田が上梓した『下り坂をそろそろと下る』(講談社現代新書)に書かれている。

だがここには、19年に実行されることになる自分と劇団の移住や、新劇場建設、国際演劇祭開催等のアイディアはまったく書かれていない。まして県立大学新設計画は、影も形もない。

市長に提案した「世界的な稽古場」構想が実現したことで、平田は15年から同市の文化参与となり、この地に通うようになる。その中で市民と交流し、但馬杜氏という職能集団の存在や、町中に空いている酒蔵がいくつもあること、近くには神鍋高原という宿泊地があることを知る。その結果、「ここを演劇の基地にできる」と確信して、集中的に「下り列車の先の未来づくり」のプロジェクトを立ち上げた。

さらに平田は13年には再婚し、17年には55歳で初めての子をもうけている。

それまで各地の講演やワークショップで語ってきた少子化や地方創生というこの国の課題に対して、評論家として論じるのではなく、身を賭して解決策を実践してきたのだ。

そこへコロナがきた。疲弊する東京の演劇界を尻目に、平田の周囲では熱い演劇環境づくりが続いている。いままさにこのプロジェクトは、日本の演劇界、文化芸術界の救世主とも思える。

「今回コロナで問題になった都市の脆弱さは、文化施設が東京に集中しているので、若者が上り列車に乗るしかないことに原因があります。

文化施設はもっと各地に分散すればいい。たとえば国立の美術館や大ホールなどの文化施設は、今年『民族共生象徴空間(ウポポイ)』が北海道白老町にできるまで、東北の白河の関以北には一つもなかったわけです。ぼくは前から東日本大震災からの復興を祈念して、たとえば仙台に国立の音楽ホールを、岩手に演劇ホールを、福島にダンスホールをと提案してきました。文化芸術が極端に一極集中してしまっている現状を、国は変えるビジョンを持っているのか。 地方に文化拠点をつくろうという気があるのか、はなはだ疑問です」

文化で自立する地域、「世界」とも直結

「確かに歴史的に見ると、戦後近代化を急いだアジア諸国は、文化も教育も首都に集中させた方が便利で都合がよかった。でも今後の日本は成熟国家を目指すのですから、分散の時代になる。すくなくともそういう戦略をとるべきです。

その点、豊岡は素晴らしい文化環境が整いつつあります。例えば町には昭和2年に作られた豊岡劇場(映画館)があって、2012年に一度閉館しましたが、文化のシンボルとして再生したいという活動が盛り上がり、14年に復活した。地方では、町中に劇場や映画館があるかないかで雰囲気はまったく違います。市民もそれを実感していて、映画館がなくなる寂しさがわかるから、みんなで支援する。

城崎国際アートセンターができてからは、常に世界中の最先端の舞台アーティストが豊岡に滞在しています。彼らは市民や子どもを対象にワークショップを開いてくれて、稽古の最後にはプレビュー公演もしてくれる。そういう『本物』を見ていれば、親も子も意識が変わります。テレビの中の芸能とはまったく違う本物の世界があることを知る。市長は、豊岡を出たら東京に行かずにニューヨークやパリに行けと言います。『小さな世界都市、東京標準ではなく世界標準』を標榜して、世界と直結している。

そこに今度は観光とアートを結ぶ大学ができて、全国から学生も集まるし、世界的な教授陣もこの地に住むようになります。そうなれば豊岡では演劇、バレエ、ダンス、映画、映像の分野では東京と比べても遜色ない、いやそれ以上のアートコミュニティができて、低料金で見られるようになる。国が文化施設を分散出来なくても、地域から文化的な自立の動きが出てくる。そういう地域が各地にできてくれば、ずいぶんと若者の動きも変わり、日本も変わると思います」

新劇場お披露目の第1回公演の後、舞台の上で観客からの質問に答える=2020年3月28日、兵庫県豊岡市

新劇場お披露目の第1回公演の後、舞台の上で観客からの質問に答える=2020年3月28日、兵庫県豊岡市

脆さを露呈した大都市 人口分散の具体策を

平田は、この国の文化政策に欠けている「地方分散」という理想を、自らと劇団を賭けて「実験している」のだ。それはこの国のあり方を問う行動であり、結果として、今後も続くwithコロナ状況に対応することにもなる。

「政府はコロナ禍の経済復興に100兆円を使うと言っています。大変なお金です。でも、このコロナはウイルスが変化を繰り返して10年15年後にまたやってくるかもしれない。首都直下地震もあると言われるし、異常気象による災害も予想されます。そういう度に、また100兆円を使おうというのか。そもそも、そんなお金があるのか?

今回のコロナでの最大の問題は、大都市の脆弱さが露呈したことです。ならば10年に1回100兆円ものお金を使うより、人口過密対策を始めた方がよいのではないか。たとえば東京の人口を100万人減らすために、省庁や大学、企業の移転のために兆円単位の支援をしてもいいでしょう。そうすれば人口分散ができる。

今回わかったのは、リスクヘッジのための分散の議論を、日本の英知を集めて真剣に行う時がきているということです。文化分散の必要性の問題も含めて、経済学者、文化人類学者、都市計画家、アーティストなどが、どのくらい分散すればどのくらいの効果があるのか、そのための予算がどの程度必要なのかを真剣に議論する。コロナ禍がそのきっかけになればいいと思っています

疫病退散の地でいま、新作をつむぐ

平田は一人の劇作家としても、コロナ自粛のこの期間を有効なものにするため、「下り列車」に乗った先の豊岡の仕事場でじっくりとネタ仕込みを行ってきた。

「城崎温泉は今年で開湯1300年を迎えるのですが、元々は疫病退散のために開かれたお湯ということなんです。当時は京都から4、5日かかった場所なので、都で疫病が流行っても、一定の距離を保てたのではないか。そう考えると、豊岡はバックアップ都市としても最適です。ここに演劇の拠点を得たことは、いろいろと縁があってのことだと思っています」

かつてシェークスピアはペストの流行で劇場が閉鎖された間、たくさんの詩を創ったという。平田のもとからは、どんな新作が生まれてくるのだろうか。

(敬称略)

平田オリザ プロフィール

劇作家・演出家・青年団主宰。江原河畔劇場 芸術総監督。城崎国際アートセンター芸術監督。こまばアゴラ劇場芸術総監督。
1962年東京生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞受賞。1998年『月の岬』で第5回読売演劇大賞優秀演出家賞、最優秀作品賞受賞。2002年『上野動物園再々々襲撃』で第9回読売演劇大賞優秀作品賞受賞。2011年フランス文化通信省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲。2019年『日本文学盛衰史』で第22回鶴屋南北戯曲賞受賞。
四国学院大学社会学部教授、大阪大学COデザインセンター特任教授、東京藝術大学COI研究推進機構特任教授、京都文教大学客員教授。
公財)舞台芸術財団演劇人会議理事、日本演劇学会理事なども務める。

公演情報

「劇団青年団」

PARCO STAGE @ONLINE
『転校生』2019年男子校版 作:平田オリザ 演出:本広克行
6月20日(土)14:59までアーカイブ視聴可能
https://stage.parco.jp/blog/detail/2335

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PROFILE

神山典士(こうやま・のりお)

1960年埼玉県生まれ。信州大学人文学部卒業。96年『ライオンの夢 コンデ・コマ=前田光世伝』(現在は『不敗の格闘王 前田光世伝』祥伝社黄金文庫)にて小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞。2011年『ピアノはともだち 奇跡のピアニスト辻井伸行の秘密』(講談社青い鳥文庫)が全国読書感想文コンクール課題図書選定。14年「佐村河内事件報道」により第45回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)、雑誌ジャーナリズム賞大賞。「異文化」「表現者」「アウトロー」をテーマに様々なジャンルの主人公を追い続ける。近著に『知られざる北斎』(幻冬舎)。主な著書に『もう恥をかかない文章術』(ポプラ社)『成功する里山ビジネス~ダウンシフトという選択』(角川新書)『ペテン師と天才~佐村河内事件の全貌』(文藝春秋)等。

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