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有形文化財の秘湯で自然と語らうひと時 - 読売新聞

 山の大自然、ひなびた温泉、木造の宿――。インターネットや携帯電話の利用が普通な社会に身を置いていると、そんな情景を思い浮かべるだけで、じんわりと心身に染み入るものがある。人波にもまれ、時間に追われ、あふれる情報に囲まれる毎日から飛び出したくなった。自分と向き合う静かなひと時を求め、北信州の山間にたたずむ秘湯へ向かった。

 最寄りの大糸線南小谷駅は、88%を森林が占める小谷村にある。少し北上すると、日本海が開ける新潟県最西端の糸魚川市だ。

 バスは北アルプスを左に見ながら北上した後、東の山あいの道を上って行く。次第に人家も見えなくなり、35分ほど揺られて標高850メートルにある一軒宿、小谷温泉「大湯元 山田旅館」に到着した。湯治宿の面影を残す木造3階建ての建物と土蔵を前に、一気に時代を遡ったような錯覚を覚えた。

 江戸、明治、大正、平成の各時代に建てられた建物がカギ形に軒を連ね、土蔵を含め6棟が国の登録有形文化財になっている。信玄の隠し湯と伝わり、喧騒(けんそう)を離れて過ごすのにぴったりの宿である。

 案内されたのは宮大工が手掛けた大正時代建築の新館。6畳に板間が付いた和室で、江戸時代建築の本館の10畳~12畳和室や、別館のトイレ付き8畳和室もひとり泊で利用できる。本格的な営業は4月下旬からで、それまで宿泊は週末のみ。

 早速、明治時代建築の湯殿「元湯」へ向かう。100年以上変わらないという湯船には、毎分150リットル湧くナトリウム―炭酸水素塩泉の源泉をかけ流す。自噴するまま加水も加温もせず、湯船の縁には成分が堆積(たいせき)してできた跡が見て取れる。国民保養温泉地に指定される温泉だけのことはある。

 湯船の深さは約70センチあり、尻を付けて座るとクビまですっぽり。「あ~」と脱力して思わず声が出てしまう。高さ2メートルから流れ落ちる湯滝は、約50メートル離れた泉源から直接パイプで注がれている。当初は高温を下げる目的だったが、現在は泉温44度。打たせ湯にちょうどいい。飲泉もでき、塩分と鉄さび味を感じるが、空腹時に飲むと肝臓や糖尿病などにいいそうだ。

 ほかに湯客はいない。浴室に響く湯滝の音が「何も考えず、自然の声に耳を傾けて」と語りかけているかのよう。ひとりで来て良かったと思える至福の時間だ。

 ほかに2014年に増設した展望風呂もある。外へ出ると、薬師堂の建物を利用した露天風呂もあり、谷を見下ろし、山々を一望。そよぐ木々の音に耳を傾けながら目をつむると、もう自分ひとりだけの世界。湯のぬくもりが心地良く眠気を誘う。

 夕食は17時30分からと早い。日本海が近いので魚介類は新鮮で、そのうえ小谷の恵みといえば豊富な山菜だ。

 「これはウトブキです」と館主の山田誠司さんが勧めるお浸しは、独特の香りとわずかなえぐみがある。「春以降、足りない山菜を採りに行くのは私の仕事」とにこやかに語る。フキノトウやタラの芽などの天ぷらも香ばしい。

 隣のテーブルに座った若い男性もひとり旅とのこと。今回が4回目で、春、夏、秋にも訪れたという。「山の空気と温泉、それに伝統建築の部屋にのんびり泊まれるなんて、ここはひとり旅に最高です!」と目を輝かせていた。

 文/田辺英彦

大湯元 山田旅館
 電話/0261・85・1221
 宿泊料金/1人1室利用の場合1人、1泊2食1万4400円から(2人1室の場合は1人同1万3300円から)
 日帰り入浴/10時~15時/不定休/元湯500円、展望風呂700円
 交通/大糸線南小谷駅からバス35分、小谷温泉山田旅館前下車すぐ
 住所/小谷村中土18836
 ホームページhttp://otari-onsen.net/

 (月刊「旅行読売」2020年5月号から)

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